スピリチュアル、宗教、占いトピック2

ホーム フォーラム 光の勢力による地球革命と宇宙人 新掲示板 スピリチュアル、宗教、占いトピック2

  • このトピックには44件の返信、3人の参加者があり、最後に(´・ω・`)により1年前に更新されました。
41件の返信スレッドを表示中
  • 投稿者
    投稿
    • #48976
      光の如来
      キーマスター

      スピリチュアル、宗教、占いについてのトピックです。

      ここに来て爆誕です!

    • #48977
      光の如来
      キーマスター
    • #48985
      光の如来
      キーマスター
    • #48994
      光の如来
      キーマスター
    • #48995
      光の如来
      キーマスター
    • #48998
      (´・ω・`)
      参加者

      ・「三脈法」   〔野口晴哉先生(野口整体)〕

      “あれは敗戦の色が濃くなり、東京が連日連夜の空襲に脅かされていたころのこと——―。

       先生は道場に通ってくる人達に、『三脈をみる』ということを教えてくれた。

      「左手の親指と中指で、両耳の下の脈を軽く押さえ、その左手首の脈を、右手の中指で軽く押さえる。三つの脈が揃っていたら、その場に居てもいい。もし乱れていたら、すぐに其の場を離れなさい」

       体は危険な場所を、すでに知っているということであろう。講習生の中で「そんな非科学的なことを‥‥」と、せせら笑った人がいた。そのAさんに、或る日バッタリ、目白駅で出会った。すると彼は息をはずませて、

       「一昨日の空襲で防空壕に飛び込んだ時、三脈をみたんですよ。揃っていないので、『ここは危険だぞ!』と叫んで飛び出したら、三人ばかりがついて来たので、夢中で走って走って逃げました。やはり爆弾が落ちたんですよ」

       Aさんは何ともいえない複雑な表情をした。防空壕には、まだ大勢の人が残っていたという。”

      (「月刊全生」昭和56年11月号 野口昭子『予知』より)

    • #49025
      光の如来
      キーマスター
    • #49045
      参加者

      怖くなってきた 昆虫食すら食えなくなる♨

    • #49049
      光の如来
      キーマスター
    • #49083
      光の如来
      キーマスター

    • #49124
      (´・ω・`)
      参加者

      集合意識が合意しない事は物質界に顕現しない。
      フリーエネルギーを陰謀論扱いしている間は光熱費高騰が続く。
      眠りの星へようこそ。

      日本人が納めた税金がカバール資金となり戦争麻薬製造人身売買に使われる。
      これ以上日本人の集合意識のカルマを増やしてはならない。
      地球の支配者は歴史を通じて忠告しにやって来た大勢の宇宙人を拷問殺害している。
      これ以上地球人の集合意識のカルマを積み上げてはならない。

      無関心で今だけカネだけ自分だけの地球人、情報は出ているのに知ろうともしない地球人、
      事実を語る人間を陰謀論扱いの魔女狩りで集団リンチに掛ける地球人。
      本当にアセンションしたいのだろうか。そして無名の私が記事を書いた所で何が変わると言うのか。
      無力感しか無い。

      2016年から水沢実験室を始めて何か変わっただろうか。世界は変化したが私の影響では無い。
      私が濁っているから濁りが外側へ顕現する。私の世界から
      ヒラリー・クリントンやビル・ゲイツやアンソニー・ファウチが消滅するまで自身の浄化に努めようと思う。
      勿論、本人は既にいないだろうが、被害は収まっていない。自分=世界なら、私は世界に責任が有る。
      7年間外側に発信して来たなら、次の7年間は内側の調整をすべきでは無いだろうか。

      7年も費やして結局私は外側の世界に対して何も出来なかったが、せめて内面だけは静寂を保てる様に精進を続けたい。
      変えよう変えようと奮闘しても全く変わらず、最初から変える必要など1つも無かったんだと
      3次元物質界ゲームのルールを漸く理解した次第。
      アセンションを望まず延々3次元と低4次元を輪廻する寝ぼけた魂もまた自分の姿の1面だった。
      気付くまでに7年も掛かるとは根が深いが、それだけ魅力溢れる場所が惑星地球。
      全てが愚かしく、全てが愛おしく、自分だけに用意されていた完全世界。

      どこまで行っても自分の内面が投影され続けるスクリーン世界。
      お釈迦様の掌の上でジタバタしていたのは私自身で、それが映し出されていたに過ぎない。
      静かな瞑想生活に入り、スピリチュアルやら陰謀論みたいな頭を騒がせるエゴの餌を退け、
      日々を穏やかに生きる方が精神衛生上良さそうに思える。自分が穏やかにならない限り争いは生まれ続ける。
      生み出しているのは自分。何と重い責任だろうか。1人1人が創造主。

      エネルギーを注ぐから肥大化する。自分でやっている。

      これまで散々手放しについて書いて来たが最後にスピリチュアルすら手放す事になろうとは。
      手放す事すら手放す。執着しようがしがみ付こうがどれだけ足掻こうが構わない。何と自由か。
      確か上記で既に終わった人間関係ならしがみ付くなと書いた記憶が有るが、記憶まで手放せと言うのか。
      まさか政治家は手放しの達人だったのか。政治家は悟っていたのか。
      我々国民と意志の疎通が全く出来ない別次元の住人だとは思っていたが、ならばもう陰謀論も不要では無いか。
      何と言う事でしょう!反対側からも解放された。やはり鍵は手放しだった。

      全ては収まるべき所に収まる。

      • この返信は1年、 1ヶ月前に(´・ω・`)が編集しました。
      • この返信は1年、 1ヶ月前に(´・ω・`)が編集しました。
      • #49133
        (´・ω・`)
        参加者

        ◆ 私はもう人は救わない。自分自身を救います  

         
         「私はもう人は救わない。自分自身を救います。」

         これは、津留晃一さんの言葉です。

         最初読んだときは、あまりピンと来ませんでしたが

         今は、ものすごーーくよくわかります。

         人を救うなんておこがましいです。

         自分自身しか救えないですものね。

        https://eureka.ti-da.net/e2692439.html

      • #49134
        (´・ω・`)
        参加者

        ET地球大作戦 (TEN BOOKS) 1996/10
        ゾーブ ジョー(著) 銀河カウンシル作戦本部(著) Zoev Jho(原著) 大内 博(翻訳)

        ●戦いの疲れを癒すために

        戦い疲れの最良の治療法は戦わないことである。諸君のまわりで多くの人がまるで
        レミング<ネズミの一種>の集団自殺のように、死に向かって突進していくのを見れば、
        狂気から目を覚ませと言いたくなるかもしれない。しかし干渉はしないことである。
        旧世界はいま死につつある。旧世界は崩壊しなければならないものであり、崩壊するだろう。
        諸君にできる最善のことは、旧世界ができるだけ優雅に死ねるように見届けることである。

        諸君が注意を向けるものは何であれ拡大する。生態系と今現出しつつある文明のために、
        死のプロセスに注意を向けることをやめ、代わりに誕生のプロセスに注意を向けてもらいたい。
        誤った場所に注意を向ければ、旧世界の終焉のプロセスが長引き、かならずやってくることになっている
        喜びに満ちた未来の到来が遅れることになる。

    • #49154
      光の如来
      キーマスター
    • #49183
      (´・ω・`)
      参加者

    • #49223
      光の如来
      キーマスター
    • #49315
      光の如来
      キーマスター
    • #49329
      光の如来
      キーマスター

    • #49332
      光の如来
      キーマスター
    • #49337
      光の如来
      キーマスター
    • #49340
      (´・ω・`)
      参加者

      日本人は「努力の消耗戦」によって追い詰められていく

      ボロ雑巾になってはじめて認められる「努力」
      日本人の多くは、「努力」や「忍耐」、「苦難」という言葉が好きですよね。「とりあえずがんばる」「もっとがんばればどうにかなる」という根性論がいまだに根付いています。

      そういった根性がステップアップに繋がるときもあるし、自分を鼓舞して踏ん張るべきときだってあります。「努力」を重視することが絶対に悪いとは言えません。
      ただ問題は、努力を基準にしたことによって消耗戦になってしまっていることです。

      知識や能力が足りていない人に無茶振りをして、思い通りに動かなければ「努力不足」と罵ってその人の責任にする。
      長時間労働により身体的な不調を訴える部下にも、「やる気があれば休む必要はない」と言ってしまえば、休む=怠慢のレッテルを貼れる。

      「努力すればどうにかなる」という精神論は、かんたんに他人を追い詰めることができるのです。

      では、「がんばったと認められるのはいつか」という話になると、それは「もうがんばれなくなったとき」です。
      過労死してはじめて「がんばってたんだね……」と同僚が声をかけ、イジメに耐え切れず自殺した子どもの話を聞いて「苦しんでたんだね……」と涙を流す。

      ガムシャラになって擦り切れるまで「努力」してボロ雑巾みたいにくたびれて、もうどうにもならない。そんな極限状態になってはじめて、「がんばったね」と認められるんです。
      ブラマヨの吉田さんが主張している「努力をせずに助けを求める人を許せない」という考えの人は、少なくありません。たしかにその気持ちも理解できます。

      ですが、「もう努力できないから助けを求めている人」や、「極限状態の一歩手前にいるからもうがんばるべきではない人」だっているのです。
      努力基準で「助ける」「助けない」、「認める」「認めない」を決めるのは、そういった人をさらに追い詰めます。

      日本人は努力神話を信じすぎている

      日本には「がんばればできる」という努力神話が根付いているので、それが発展して「みんなが出来ることが出来ないのは甘えだ」という主張もまかり通ってしまっています。
      たとえば、未だにアレルギーや精神病を「甘え」だと言う人がいます。いくら科学的に説明しても、その人たちにとってアレルギーは「甘え」であり、精神病による休職は「怠慢」でしかないのです。
      さらに、「多くの人はがんばっているのに努力をやめることは逃げである」という考えのもと、「みんながんばってるのに休むなんてズルイ」という発想になり、「努力しないやつは助けなくていい」という結論になってしまう。
      がんばりすぎて休息や手助けが必要な人が「甘えてる」と理解される社会は、厳しすぎませんか。

      https://www.huffingtonpost.jp/shion-amamiya/effort-exhaustion_b_17694632.html

    • #49341
      (´・ω・`)
      参加者

      無責任な「がんばれ」で人間は簡単に壊れる。努力の強制は罪だ

      無責任な「がんばれ」は罪だ

      ドイツに来て、ドイツ語や英語に訳せない日本語がたくさんあることに気づきました。「お世話になっております」とか、「大変恐縮ですが」「もったいない」とか。
      そのなかの1つに、「がんばれ」があります。
      「がんばる」だと、I´ll tryとか、I´ll do my bestってニュアンスが近いと思うんですけど、「がんばれ」だとなかなかピンとこない。
      無責任に「がんばれよ」と言うのって、日本独特なものだと思います。

      なんで簡単に「がんばれ」と言えるの?

      いつもふしぎに思ってたんですが、なんで多くの日本人は、簡単に「がんばれ」って言えるんでしょう。

      「明日テストだわ~」「がんばれ」
      「昨日仕事でミスっちゃって」「次がんばればいいじゃん」
      「起業したいんだよね」「いいね、がんばれよ」

      無責任だなぁ……。なんでこんなにがんばらせたいんだろう。全くわかりません。

      結果>努力?努力>結果?

      昨日の記事に関するコメントで、「結果が大事だから努力したかは関係ない」という意見もちらほら見かけました。そうだね、確かにそうだよ。
      でも、だったらなんで、「がんばれ」って言うの?
      結果を求めてるなら、「がんばれ」じゃなくて「期待してる」とか、「しっかりやれよ」って返答になりません?

      結果主義なら、努力は関係ありません。

      でも結果主義を掲げる人だって、自分で「努力は関係ない」って言っておきながら、他人に「がんばれよ」と言ったり、上司に「がんばります」って言ったりしませんか?
      結局「努力でどうにかなる」って思ってるからこそじゃないですか?

      努力をしないのは甘えかもしれないけど、「努力してるかどうか」なんて誰がどうやって判断するんでしょう。

      努力の強制で人は壊れるよ
      努力なんてのは、他人のためにするものではありません。目標を達成したい、結果を出したいから労力を使うんです。
      だから他人に認められる必要はないし、そもそも他人が評価できるものじゃない。
      人間は、びっくりするくらい簡単に壊れます。で、そういう人の多くが「もっとがんばらなきゃ」って思ってます。がんばりすぎてるから壊れてるのに。

      たかが「がんばれ」の一言。悪意のない、無邪気な一言。

      でもその一言を何人もの人に言われることによって、身動きが取れなくなって潰れる人もいます。悪意ない努力の強制は、その人を追い詰めることだってあるんです。
      それは、その人が弱いからですか? 甘えてるからですか? あなたの心だって、小さなきっかけで簡単に壊れますよ。

      無意識に人に「がんばれ」と言ってる人は「その人はもうがんばれない状況かもしれない」ということを考慮に入れるべきだと思います。
      自分ができるからって他人もできると思い込むのは、遠まわしに誰かを追い詰めます。

    • #49342
      (´・ω・`)
      参加者
    • #49374
      光の如来
      キーマスター
    • #49383
      光の如来
      キーマスター
    • #49384
      光の如来
      キーマスター
    • #49391
      (´・ω・`)
      参加者
    • #49440
      (´・ω・`)
      参加者

      杜子春

      原拠との相違点
      原拠とされる『杜子春』では、杜子春は地獄に落ちた後、女に生まれ変わって誕生するが、やはり全く物を言わず、
      結婚して子を産んでも喜びの声一つ発しなかったため、怒った夫が赤ん坊を叩き殺し、そこで妻(杜子春)が悲鳴を上げたところで現実に戻り、
      仙人は声を出さなかったら仙薬ができ仙人になれたのに、と言って突き放す。
      これは、すべてのものに対する執着を捨ててこそ昇仙出来るという道教の思想に根差している。

      対して芥川は、親が地獄の責め苦を受ける場面に変えて、「あの時もし声を出さなかったら、お前を殺していた」と仙人に言わせ、
      他者への慈しみの心を尊ぶ大乗仏教に即した結末に変えている。

      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%9C%E5%AD%90%E6%98%A5

    • #49446
      (´・ω・`)
      参加者

    • #49477
      (´・ω・`)
      参加者

    • #49492
      (´・ω・`)
      参加者
    • #49494
      光の如来
      キーマスター

    • #49503
      光の如来
      キーマスター
    • #49506
      光の如来
      キーマスター
    • #49534
      (´・ω・`)
      参加者
    • #49536
      (´・ω・`)
      参加者
    • #49539
      (´・ω・`)
      参加者
    • #49551
      (´・ω・`)
      参加者
    • #49552
      (´・ω・`)
      参加者

    • #49613
      (´・ω・`)
      参加者
    • #49658
      光の如来
      キーマスター

    • #49676
      光の如来
      キーマスター

    • #49689
      (´・ω・`)
      参加者
    • #49747
      (´・ω・`)
      参加者
41件の返信スレッドを表示中
  • このトピックに返信するにはログインが必要です。